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ジンバブウェ情勢に平和的・民主的な解決を

7月10日

NGOプレスリリース

 

ジンバブウェ情勢に平和的・民主的な解決を

政府与党は市民社会への弾圧・抑圧を直ちに停止せよ

=ジンバブウェ市民社会の非暴力・民主的な抵抗に敬意を表し、連帯します=
= 人道危機に瀕する人々、国外に流出した難民に直ちに必要な救援を=

3月29 日に行われた大統領・議会選挙後、ジンバブウェの政治情勢は極度に悪化してきています。この議会選挙および大統領選挙以降、ロバート・ムガベ政権および与党「ジンバブウェ・アフリカ民族同盟・愛国戦線」(ZANU-PF)選挙結果の発表を遅らせ、軍・治安組織・政府系民間軍事組織による弾圧・動員体制を確立した上で、大統領選挙を「決選投票」に持ち込みました。

この「決選投票」プロセスにおいては、野党側に対する公然たる暴力的弾圧、拷問、殺害などが全土で繰り広げられ、公正な選挙の実施は不可能となったと言われています。こうした弾圧の結果、6月22 日、野党「民主変革運動」(ツァンギライ派:MDC-T)のモーガン・ツァンギライ候補は立候補の取り下げを表明、国際社会に事態打開のための介入を要請しました。しかし、この取り下げは受け入れられず、選挙は強行され、3月の選挙で次点となった現職大統領のロバート・ムガベ氏が五選、大統領就任式も強行しました。これは、暴力と弾圧によって野党候補を撤退に追い込んでのものであり、正当性のない不正選挙であるといえます。

ジンバブウェの政治・経済危機は民主的な方法によって解決されるべきです。「決選投票」プロセスで多くの不正や暴力が明らかになっている以上、これを正当な大統領選挙と認めることは出来ません。私たちは、この問題の解決のために、以下のことが行われるべきだと考えます。

(1) 今次大統領選挙の決選投票を無効化し、独立した選挙管理委員会のもとで、再度、民主的な形で大統領選挙が行われるべきです。また、選挙はジンバブウェ国民も参加する国際選挙監視団によってモニターされるべきです。

(2) この状況において、ジンバブウェの市民社会が、恐るべき政治・経済危機、人道危機の中で、非暴力かつ民主的な方法による抵抗を選択していることに敬意を表し連帯します。ムガベ政権はただちに市民社会への弾圧を停止すべきです。また、「決選投票」において行使された国家・治安機関・民兵組織等による暴力の事実が解明されるべきです。

(3) 一方、国際社会、とくにアフリカ連合、南部アフリカ開発共同体(SADC)および国連は、ジンバブウェの政治危機解決に向けて、ジンバブウェ国内外の市民社会・広汎な社会運動と連携して、より強力な指導的役割を果たすべきです。G8首脳は、国連、とりわけ国連安保理とともに、南部アフリカ開発共同体やアフリカ連合が行おうとしている、ジンバブウェの政治危機解決に向けての仲介に対し、なお一層の支援を行うべきです。

(4) この政治・経済危機、さらには、2000 年以降継続するジンバブウェの政治・経済危機により、多くのジンバブウェ人が周辺諸国に流出し、また、貧困化により国内避難民としての生活を余儀なくされています。国際社会・国際機関は、これらの人々に対して、必要・十分な支援を行うべきです。また、今回の政治危機により予想されるさらなる難民の流出に対応し、これが多くの人々を死に至らしめたり、周辺諸国を不安定化させることがないようにすべきです。さらには、南アフリカ共和国の都市貧困地域では、昨今の食料・燃料価格の高騰などによる生活苦も相まって、外国人排斥暴力事件が多発しています。ジンバブウェからの難民がこうした暴力の犠牲とならないように積極的な庇護が行われるべきです。

以上

<賛同NGO>

アフリカと神戸俊平友の会、(財)ジョイセフ、女性と健康ネットワーク、生物多様性フォーラム、(特活)TICAD 市民社会フォーラム、(特活)ハンガー・フリー・ワールド、(特活)HANDS (Health and Development Services)、ピースボート、(特活)ヒューマン・ライツ・ナウ、(特活)ほっとけない世界のまずしさ

本プレスリリースの全文はコチラをご覧下さい。


【解説】 ジンバブウェ問題の歴史的背景や問題の起源を踏まえた解決を

2000 年以降噴出したかに見えるジンバブウェ問題は、第一義的にはムガベ政権による独裁と強権支配の問題ですが、このような政治・経済的破綻に至るプロセスには、歴史的・構造的な背景が存在することも忘れてはなりません。ムガベ政権の退陣により新たな政権が形成されても、これらの問題が解決されない限り、政治・経済危機がより深刻な形で繰り返される可能性があります。

2000 年以降のジンバブウェ政治・経済危機は、ジンバブウェの植民地支配の歴史に根を持っています。ジンバブウェでは、英領植民地時代を通じて、肥沃な土地を白人入植者が独占する構造が作られました。この権益を維持するために1965 年、英国系住民を支持基盤に、イアン・スミスを首班とする「ローデシア」が「一方的独立」を宣言。英国はこれを認めず、黒人解放勢力による解放戦争とその後の和解・独立協議の結果、ジンバブウェが1980 年に独立しましたが、この独立にあたってジンバブウェは英国と「ランカスター・ハウス協定」を結びました。この協定により、土地改革は10 年間実質上凍結され、ごく一部について「売りたい人が売りたい価格で買いたい人に売る」(willing seller, willing buyer)原則に基づいて実施されるにとどまりました。資金のないジンバブウェ政府にとっては、土地改革を行って国民の多くを占める黒人零細農民に土地を分配することが不可能だったのです。英国は、土地改革の必要性は認め、国際会議を開催して資金援助も約束したものの、その約束は結局、実行されませんでした。独立後のジンバブウェを率いたムガベ政権は「ランカスター・ハウス協定」を維持し、英国・西側諸国との協調路線を選択したため、概して、西側諸国からはよい評判を得ていました。

しかし、80 年代後半以降の経済的停滞によりムガベ政権は90 年代以降、世銀・IMF による構造調整政策を導入せざるを得なくなりました。民営化や無料の教育・保健アクセスの廃止、社会サービスの質の低下により、政権は不安定化の道を辿り、社会不安は増大しました。とくに、解放闘争の果実としての土地の分配が「ランカスター・ハウス協定」により不可能にさせられたことによる黒人零細農民の不満は著しいものがありました。1990 年代に入り、ジンバブウェ政府は、土地改革のための法改正などに着手し始めましたが、英国を中心とする国際社会はこれに冷淡でした。1997 年に成立したブレア労働党政権のクレア・ショート開発大臣はジンバブウェ政府に対して「英国はジンバブウェの土地改革に特別な責任を負っているとの考えを受け入れない」と表明、独立時に約束されていた土地改革への資金拠出を拒みました。一方、ムガベ政権は90 年代の危機においてこうした課題に積極的に対応することが出来ず、最終的に、2000 年に政治危機が最終局面に達した段階で、充分な資金と計画のない形で強権的な土地改革に踏み切る結果となりました。独立以降ムガベ政権が継続的に抱えてきた非民主的な体制、90 年代後半のコンゴ内戦への介入などの問題について明確な態度をとってこなかった英国や国際社会は、ここにおいて初めて、ムガベ政権を公然と非難し始めたのです。

このように、ジンバブウェの政治危機は、歴史的にはその責をすべてムガベ政権に負わせることはできません。この危機を招来したのは、植民地主義とその権益を清算しジンバブウェを真に独立した対等なパートナーとして位置づけることに失敗した英国および国際社会と、政治的独立を自立した国家作りに結びつけることができなかったムガベ政権の両者にあります。この構造は、実は、南部アフリカ諸国の多くが共通に持っている構造であるといえます。

ジンバブウェの政治的・経済的危機については、最終的な国家破綻と人道危機をもたらしたムガベ政権の責任とともに、ジンバブウェをこのような状況に導いてきた英国と国際社会の責任が問われる必要があります。ムガベ政権以降のジンバブウェの政治・経済的危機の克服にあたっては、ジンバブウェの真の自立と尊厳の確立こそが追求されなければならず、国際社会は、その努力をこそ支援する必要があります。

以上